環境省「化学物質の環境リスク初期評価」に対するコメント
星川 欣孝
ケミカルリスク研究所 所長
ケミカルリスク研究所 所長
環境省は、平成9〜12年度に実施した「パイロット事業:化学物質の環境リスク初期評価」の概要をホームページで公表した。この事業の目的は環境リスク評価の方法論を確立することで、環境への排出量が多いと考えられるPRTRパイロット事業対象物質等の中から、有害性に関する知見が既存の評価資料等を通じて比較的豊富に見出される39物質を選定し、健康リスクと生態系リスクの初期評価が実施されている。ただし、健康リスク評価は発がん性を除く一般毒性について定量的な評価が行われ、発がん性については評価文書に基づく定性的な判定にとどまっており、今後発がん性の定量的評価が追加されるようである。
検討された39物質の中には信頼性のあるデータがないと判定されて、健康リスクが評価されていない物質も散見されるが、環境省が吸入経路の無毒性量等を設定した物質について、厚生労働省の室内濃度指針値および星川が別途推奨した管理目標値*1 とを比較すると以下のようである。なお、下表に示す環境省の基準値は、無毒性量等に動物種差とヒト個体差に対する各10の不確定係数を適用して、室内指針値等と比較するために算定したものである(注2)。
*1:星川欣孝 環境管理 38(2): (2002)
物質名 | 環境省 | 厚生労働省 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
無毒性量等 | 係数 | 基準値 | 室内指針値 | |||
(吸入,g/m3) | (μg/m3) | |||||
アセトアルデヒト | ラット | 4.9 | 100 | 49 | 48 | ラット |
エチルベンゼン | ウサギ | 120 | 100 | 1200 | 3800 | ラット・マウス |
キシレン | ヒト | 2.2 | 10 | 220 | 870 | |
p-ジクロロベンゼン | ラット | 2.2 | 100 | 75 | 240 | ラット |
スチレン | ヒト | 2.6 | 10 | 260 | 220 | イヌ |
スチレン | ヒト | 7.9 | 10 | 790 | 260 | ラット |
DEHP | 経口のみ設定 | 120 | ヒト | |||
ホルムアルデヒト | ヒト | 0.1 | 10 | 10 | 100 | ラット*3 |
酸化プロピレン | ラット | 1.3 | 100 | 13 | 43 | ヒト |
N,N'-DMF | ヒト | 0.52 | 10 | 52 | 99 | ラット |
ヒドラジン | ヒト | (0.003)*4 | 10 | -0.3 | 5.2 | ヒト |
マウス |
(注)
*2:動物種差とヒト個体差の不確定係数を各10とした場合の係数である。
*3:厚生労働省の室内指針値は環境省と同じ経口データを用いて設定された。
*4:環境省は経口摂取量(mg/kg/day)に換算して使用したが、ここでは吸入暴曝露の無毒性量(mg/m3)を示す。
環境省の無毒性量等の設定に関して以下の問題点を指摘することができる。
発がん性の扱い
環境省はIARCが2Aまたは2Bに分類した物質について「発がん性の観点からの評価の必要性について別途検討する必要がある」と注記している。このことは今回の一般毒性による評価があくまで暫定的であることを意味するのであろうか?
厚生労働省室内指針値と採用データ/評価方法の相異
環境省は、厚生労働省が室内指針値の設定で採用したデータと異なるデータ(例:エチルベンゼン、キシレン、p-ジクロロベンゼン)または異なる評価方法(例:トルエン、ホルムアルデヒド)を採用する場合、その理由を説明すべきであろう。
ヒドラジンの経口摂取の無毒性量
ヒドラジンの経口摂取の無毒性量等は、ヒト吸入曝露の無毒性量により算定されているが、この場合、取扱作業者の自覚症状(夜間の悪夢)がヒドラジンの経口摂取においても観察されることを裏付けるデータが必要であろう。
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