ケミカルリスクフォーラム
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発がん性評価にしきい値はないのか?


星川 欣孝
ケミカルリスク研究所 所長


化学物質の発がん性評価における大きな論点の一つは、遺伝毒性が認められた物質の動物試験結果をヒトに適用する際、その反応性にしきい値はないと仮定することであろう。

日化協は最近、松尾(住友化学)、西川(三菱化学)、私その他3編の論文を参照して発がん性物質の管理に関する見解書(注)を作成し、この点について、「遺伝毒性による区別をせず、すべての発がん性をしきい値があるとして評価すべき」ことを提案した。

私の論文は、Amesら(最大耐量で陽性の動物試験は低濃度暴露のモデルにならない)やMeijersら(動物試験と疫学調査の陽性結果における標的器官の一致性)の論文を引用して、主に動物試験結果の解釈に関する問題点を考察したものであるが、発がん性のしきい値に関する私の意見は「遺伝毒性の評価は必要であろうが、発がん性もしきい値があるとして評価すべき」ということである。

その論拠として、日化協見解書が述べていることを次に追加したい。

1. 発がん性の扱い
培養細胞の実験系では、マウスやラットなどの実験動物細胞は放射線や化学発がん剤で処理すると比較的容易に不死化してがん化するが、ヒト正常細胞は何度も繰り返して処理しないと不死化しない。ヒト細胞は不死化するのに何段階もの変異が必要であるらしい。

2. 厚生労働省室内指針値と採用データ/評価方法の相異
疫学的データも、ヒトがんの発症に5つ以上の遺伝的変化が関与していることを示唆している。こんなに多くの遺伝的変化が起こってがん細胞が生起するには、活発な 細胞分裂・増殖というプロセスが関係しているに違いない。

3. ヒドラジンの経口摂取の無毒性量
ヒトがんの主な発症部位は、ホルモンが関与するものを除くと、胃、肺、大腸および肝である。これらは胃腸の共生菌を含めて多種多様な外来因子に常に曝されており、損傷されやすい器官である。つまり、これら部位では損傷を修復する再生がかなり頻繁に起こっており、そうした過程で、染色体の複製や遺伝子の発現に異常が生ずる確率が高くなるであろう。


言い換えると、イニシエーション・プロモーション・プログレッション(またはコンバージョン)という発がんプロセスの中で、活発な細胞分裂が関与するプロモーション以降の段階が管理の対象として特に重要であり、これらについては動物試験の観察結果にしきい値を適用して評価するのが適切であろうというのが私の意見である。

なお参考として、USEPAの発がん性物質リスクアセスメント提案指針のこの点に関するデフォルト仮定を以下に示す。

「直線的アプローチは、作用モードに関する情報が直線性を裏付ける場合、または作用モードが非直線的であることを裏付けるのに十分でない場合に使用される。」


注:「発がん性化学物質の管理基準とその運用について
(日化協見解と参考資料(社)日本化学工業協会 平成10年3月)」