「ハザード管理」という視点について


星川 欣孝

ケミカルリスク研究所 所長

「リスク管理」という言葉は広く使われているが、「ハザード管理」は耳慣れない言葉であるかもしれない。しかし私は、この言葉を用いて広義の化学物質リスク管理に関わる管理事項を考察すると、リスク管理を自主的に遂行するのにどんな技術が特に大事であるかが理解しやすいと考える。

ここで「ハザード管理」とは、化学物質のハザードアセスメントの結果に基づいて、物品(化学製品や原料助剤)自体に対してとられる対策をいう。従って、人間がその物品をどのように取り扱うかは原則として限定されない。これに対して、「リスク管理」は、あるハザードを有する物品を人間が特定の方法で取り扱う際に生じうるリスクを制御する対策である。例えば、製品安全データシート(MSDSともいう)は「ハザード管理」の対策であるが、危険物輸送で携行されるイエローカードは、「リスク管理」の対策である。
これは、危険物特定の梱包・輸送手段によって運搬する際のリスク対策である。
従って、これらの記載内容と強調されるべき事項は自ずから違ってくる。

別の例として、「リスク管理」と「ハザード管理」におけるハザードアセスメント自体の違いを取り上げてみる。リスク管理におけるハザードアセスメントの目的は、極端にいえば、リスクのアセスメントが必要なハザードを選び出すことである。しかもそのハザード情報は実験動物や指標生物の情報だけでは十分でなく、リスクを受けるヒトや生物集団などに対するハザード情報が必要である。そうした情報がない場合には、利用できる情報のヒトなどへの読み替えやアセスメントを段階的に実施する工夫が必要になる。

一方、ハザード管理におけるハザードアセスメントの主な目的は、あらかじめ定められた評価項目のそれぞれについて危険有害性の程度をできるだけ数値的に確定することである。従ってこの場合には、評価項目ごとに試験・評価の方法とクライテリアの考え方が明確になっているべきであろう。

さらに、「リスク管理」が「ハザード管理」と決定的に違う点は、リスク管理では曝露量の制御によってリスクを管理することである。この場合には、危険有害性についての情報に加えて、化学物質の物理化学性状(揮散性、分子量など)や取扱量の多少といった要因がリスク対策のあり方に大きく影響する。

最後に欧米の法律で例示すると、アメリカの有害物質規制法(TSCA)は「リスク管理」の概念に基づく法律であるが、欧州連合の危険物質分類・包装等指令は基本的には「ハザード管理」ベースにした法律であるということができる。ただし、欧州連合の指令でも、その新規化学物質の審査に分子量、取扱量といった要因を加味しており、リスクの可能性に対応したハザード追加情報の必要性が明白に規定されている。