リスクマネジメントの種類


化学物質のリスク管理を論議する場合、まず、管理の対象となっているリスクが表3に示す全体的なリスクなのか、個別的なリスクなのかを仕分けする必要があります。何故なら、この2つではリスク管理の方法が根本的に異なるからです。

1. 全体的なリスク

ここで定義している全体的なリスクとは、前述したように一般市民が日常的に大気や食物などを経由して化学物質を取り込む場合のリスクや、自然環境下において生態系が化学物質に暴露されることによって受けるリスクを指しています。すなわち、複数の発生源から環境媒体に放出された化学物質に不特定多数の対象が暴露されることによって生ずるリスクです。 このリスクの特徴は、その化学物質の放出によって対象に“被害を与える者”と、その放出に伴って“被害を受ける者”との間に1対1の直接的関係がないことです。従ってこれらの被害を最小限に抑えるために、当該化学物質を放出している複数の発生源に放出量を抑制させるため、主に行政などの公的機関が、法律や自主規制などの手段によって何らかの規制値を定め、その規制値をクリアするための管理手法の選択・実施を、当該化学物質を放出している側に要請することになります。

表3  リスクマネジメントの種類

リスクの対象 一般市民
自然環境での生態系
一般消費者/周辺住民
工場作業員
対象物質 当該化学物質 当該化学物質/製品
リスク対象への暴露 間接暴露 直接暴露/間接暴露
被害者・加害者の関係 因果関係不明確 因果関係が明確
事業活動に直結
排出量の規制 公的機関が規制値設定 各企業の自主的判断
リスク評価実施の目的 規制値の設定・評価
規制値達成の管理手法選択
事故・クレームの発生予測
PDCAサイクルの予測精度
リスクマネジメントの訴求点 規制値の達成状況
環境保護に市場原理導入
事故・クレームの発生防止
PDCAサイクルの運用 向上
リスクマネジメントの手法 コスト・ベネフィット分析 事故・クレーム発生防止対策
リスクマネジメントの展開 リスクコミュニケーション
環境会計
ユーザーサービス
作業安全確保、管理の合理化

このような背景から、全体的なリスクをアセスメントするシステムは、その規制値の妥当性を評価するための手段として、主に行政や業界団体などの公的機関が使用する機能と、その規制値を達成するための合理的な日常の管理手法を選択するために主に企業が使用する機能との両方を備えていることが望ましい。

 

 この妥当性の評価の手法としては、図14の手順において採用するのに妥当性が最も高いと評価されている毒性試験データを用いて対象としている化学物質の有害性を評価し、最も権威ある手法に従ってヒトおよび経路間外挿を行い、TDI(耐容1日摂取量)またはVSD(実質安全用量)などの値を求めます。次に、環境フェイトモデルや取込経路モデルなどを用いてTDIまたはVSDに対応する複数発生源による環境の濃度を計算し、環境基準濃度などの規制値と比較します。ただし、これらの結果に関しては、多くの関係者が関与するため、客観性や再現性が求められます。

全体的なリスクはリスク低減の便益の還元が必ずしもコスト負担者と直結していません。従って、不用意な対応は企業の健全性や生き残りまでも侵す危険性があり、単にエモーショナルな雰囲気に惑わされることなく、冷静に科学性、経済合理性を追求することがリスクマネジメントの重要な課題となります。

図14 全体的リスクの評価手順