リスクの判定と管理手法の選択


まず、現状のリスクが、当該化学物質のリスクに関する規制値より大きい場合には、無条件でこの規制値を下回るまでリスクの低減を図らなければなりません(自明のリスクという。)この場合には経済合理性の追求は議論の対象になりません。

問題は、規制値よりは下回っているが、現実にいくらかのリスクが存在する場合です。可能な限りリスクを下げることは一般の人からの要望であり、その優先順位を決定しなければならないからです。最大リスクのものが必ずしも容易に軽減できるとは限りませんし、最大多数の人々に最善を尽くすという考え方と環境的公平性との間でしばしば衝突が起こります。従って、最大リスクではなく、むしろリスク軽減のし易さを最優先すべきでしょう。

そのためリスク軽減のあらゆる可能性を検討し、最も経済合理性のある管理手法を選択すべきであり、単に「リスクの削減」だけでなく、下に示す「リスクの移転」「リスクの代替」などについても可能性を確認しておく必要があります。

リスクの保有:
当該リスクが許容できる範囲内にあるので、当面は現在の状態を継続するというリスク管理手法です。
リスクの削除:
リスク自体を低減させるためのリスク管理手法であり、一般には設備の安全性向上や化学物質の管理手法の改善等が当たります。
リスクの移転:
当該リスクが発生した場合に、リスクに見合うプラスの効果を得る様にバランスさせる管理手法です。リスクを事前予測してそれに対する保険等で担保する事がこれに当たります。
リスクの代替:
当該リスク自体の発生をゼロにするリスク管理手法です。リスクを抱える設備自体を放棄したり、リスクを有する化学物質を不使用にする事がこれに当たります。但し、設備を根本から変更したり、化学物質を着目リスクに対して 無害な代替品に置き換える事は、正確には他のリスクを生み出す可能性があるので注意を要します。

技術的・社会的実現性の検討や、規制との整合性、コスト・ベネフィット分析なども合わせて行っておく必要があります。  いま、代表的な2段階ステップによるリスク判定の考え方の事例を図15に示します。すなわち、リスクを表示する2つの指標の内、重要な指標の方を指標1とし、先ず、指標1の値による判定を行います。この指標1に対して以下の様なレベルを定めます。

図15 リスク判定の考え方
「レベルA1」:
最優先事項として被害影響の削減対策を実施する。
「レベルA2」:
指標1と指標2の関係で、リスクの受容の可否が定まる。
「レベルA3」:
無条件にリスクが受容され、新たな対策の必要はない。

なお、レベル判定の基準となるa1およびa2の定義は以下のとおりです。

a1:
「レベルA1」と「レベルA2」との境界値であり、法的制限値等が該当する。
a2:
「レベルA2」と「レベルA3」との境界値で、例えば、自然条件に存在する値の1/10の値等が該当する。

次に、第1ステップにおいて「レベルA2」に相当すると判断されたリスクに対して、その対策の必要性を判定します。この判定には以下の様なレベルを定めます。

「レベルR1」:
最優先事項として被害影響の削減対策を実施する。「レベルA1」と同様。
「レベルR2」:
企業として受容が出来ないレベルであり、対策の費用対効果の算定結果が1以下であっても、対策を打つことを検討する領域
「レベルR3」:
対策の費用対効果が1以下であれば、原則として対策をとることなくリスクを保有する。
「レベルR4」:
企業としてそのリスクを許容するレベル。「レベル A3」と同様。